考えるのをやめたから、騙されてる。哲学を生きよう。

哲学者。それは、自分の考えを世の中にねじ込んでいった人たち。ムズカシイことばかり話す人でしょ?と思ってしまうけど、「自分の考えを持ちたい!」って人には学べることだらけだし、哲学を生きると、騙される人はいなくなるはずだ。

 

自分の考えをハッキリ言う人は、独特な世界観を持っている。価値観が違うから、なにを選択するのかも変わる。周りにいる人たちの生き方まで変わることもある。そんな世界観を創ってきた哲学者から、自分の考えを持つヒントを得よう!ということで、この本を読んだ。

哲学者は世界を変えるほどの考えを持っていた

この本を読んで、哲学者は考えることに命がけだったことを知った。今までも哲学に関連する本は読んできたけど、なんか知った気になって終わっていた。今回は、「知っているだけではなく、哲学を使いたい!」って思いで読み進めた。

 

読む前には、読む目的を決めておくとブレないのでオススメだ。タイトルにある通り「使う哲学」だから、知っているだけでは終わらせないぞ!という気持ちが強かった。自分の考えを持つ上で参考になるところから紹介していこうと思う。

「世界とは何か」「人間とは何か」「自分とは何か」・・・そうした根源的な問いを哲学者たちは立て、それに対する答えや概念、思考法を模索し、確立してきました。しかも、生涯をかけ、命を削るようにして。

あなたは人間ではない!

ヨーロッパ社会では、キリスト教徒であることが人としての条件のようになっていました。

11世紀の象徴的な出来事として、紹介されているのが「カノッサの屈辱」。簡単にいうと、中世のヨーロッパでは、キリスト教会が絶大な力を持っていたってこと。そのトップの教皇の力は、皇帝や王、さらには武力でもどうにもできないくらいの力があった。

 

キリスト教でないなら、もはや人ですらないことになっていた。イスラム教にも同じように神の言うことを聞いて生きるのが当たり前だし、神がいるのが当たり前。人生の問題のすべてに神が答えてくれるから、個人が何かを考える必要もない。すべては神の意志のままにって人生だった。

「神は死んだ」小さい人間になるな!

ドイツの哲学者、ニーチェは「神は死んだ」と本に書いている。ニーチェという名前くらいは聞いたことがあると思う。その、ニーチェがキリスト教社会でのタブーを破った。神が人間をダメにしてるってのを、発言し、世の中にねじ込んでいった。

 

ニーチェ以前にも、コペルニクスやガリレイが唱えた「地動説」も脱キリスト教の動きだった。「神は地球(人間)を中心に世界をつくった」と言っていたのを、「いやいや、太陽を中心に回っているから!」と発言していった。

 

神を否定するようなことを言えば、裁判にかけられる。確信してたから発言したけど、まさに命がけだ。

考えるのをやめたから、騙され続ける

本の中では、哲学を学べば決めつけをしなくなる。だから、オレオレ詐欺にも騙されないという例えがあった。詐欺の被害額が毎年すごい金額になっているから、驚きだ・・・。

 

考えない人が多いのではなくて、考えられない人が多いのかもしれない。哲学って言葉じゃなくて、もっと普及しそうな名前に翻訳していたら被害額は減っていたのかな?

英語のPhilosophy(フィロソフィー)を哲学と訳したのは、啓蒙思想家の西周(にしあまね)です。当初は「希哲学」と訳されていたが、いつしか「希」が取れて、哲学になったわけです。

・・・

哲学という言葉は今やすっかり定着していますが、「愛知学」のほうが本来の意味に近い上に、わかりやすかったかもしれません。

 

「知を愛する」というのが本質なので、「愛知学」・・・普及したかは微妙だけど、わかりやすいとは思う。

ポジティブ・シンキングがいいってのも詐欺

なんでもいい方向に考えよう!なんてのは、何かを信じ込ませるためにある考え方だと思う。なんでもポジティブに考えるなんて、ムリだから!「う◯こを踏んで、運(うん)が付いた」とかならまだいいけど、殴られたりしたら、痛いし、イラってする。

 

イヤなことが起きたら、それに向き合うしかない。それに向き合った結果、数年経った頃にでも振り返ったら「殴られて良かった。あのあとの判断で環境が変わった」と、良く思えるようになってるかもしれない。向き合わずに「なかったことにしよう」とか、「もう起きないだろ・・・」とか思って、なんの判断もしなかったら、状況は変わらない。

哲学を生きよう

流されるような生き方も考えていないことと同じ。神に従うような時代でもないけど、精神的に頼れる何かを求めてしまうこともあると思う。けど、自分の人生を生きるのは、他の誰でもないあなた自身だ。

 

過去にどんな選択をしたかで、自分の人生とはこんな感じだと決めつけている。それでも、生きているのは「今、この瞬間」だけで、その「今、この瞬間」は、すでに過去になってる。時間は未来から現在に向かって流れているってことを体感しないと、いつまでも過去に縛られることになる。

 

それでも「今、この瞬間」を意識して生きるのは簡単ではない。常に死を意識できないと、流されるように生きてしまう。武士道とかは、現代では活かせないと思う。死に直面することが、あまりにも少ないから。

世界を変える力を手にする

神がすべてだった時代に神を否定されて、「自分がいて神がいる」と知った人は、衝撃が走ったと思う。世界が変わった瞬間だったはずだ。地球が回ってると知った時は、目が回った人もいると思う。

 

哲学者は世界を変えてきた。その考えを本という形ではあるけど、手にできるのはスゴいことだ。母国語の日本語だけで、世界の情報が知れるのはスゴい。

 

文字だけだと感じにくいかもしれない。けど、この言葉だけは意識したい。

生涯をかけ、命を削るようにして。

まとめ

哲学を生きるってことは、命がけで情報発信するってこと。それは、文章じゃないかもしれない。ひとことで表せば「生き様」そのもの。その人からにじみ出ているのが、その人の持つ「使う哲学」だとぼくは思う。

 

にじみ出るから、聞いてる音楽、観た絵や映画、着てる服なども哲学になる。そして人生は、選択の連続だ。その時にどう判断していくか?それを決めるのが価値観。価値観を強くしていく上でも、哲学者の考え方は参考にできる。

 

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